アメリカは世界的に見てもワクチンの接種が順調に進み、ニューヨーク市では18歳以上の約70%が第一回目のワクチンを打ち終わったというデータが出ているほか、全米25州の成人の半分がワクチン接種が完了したと言われています。これによりワクチン接種完了者は公共の場でのマスク着用の義務がなくなるほか、6フィート(約1.8メートル)のソーシャルディスタンシングが不要となります。最近は気候も暖かくなり、ニューヨークの街中を歩いているとマスクをしない人々が行き交い、国内から観光客が戻ってきた様子などを見ると、徐々にパンデミック前の活気を取り戻してきた実感さえあります。
Text by Reiko Suga
「美容トレンドや化粧品の売り上げと社会現象が紐づいていると実感した一年」
今回のAYDEA blogでは、ニューヨークを拠点に化粧品メーカーでグローバルマーケティングを担当しているEさんに、パンデミックによって変化した消費者のマインドや、それに基づいて方向転換を余儀なくされたマーケティング、美容トレンドの変容について伺いました。
昨今、マスク着用義務の解除がアナウンスされているアメリカでは、さらなる美容に対する意識の変化や、消費動向も変わっていくと予想されます。ポストコロナの美容トレンドはどこへ向かっていくのでしょうか?
一年前に突然新型コロナウイルスが蔓延し、消費者のマインドや消費行動は、どう変化しましたか?
アメリカにおいてスキンケア、メーキャップを含めた“ビューティー”というカテゴリーは2015年から伸び続けていて、アメリカがビューティーにおいて世界一の市場です。伸び率は緩やかになりつつも、今後、アメリカ市場は伸び続けていくと思われていました。それが昨年のパンデミックにより、一年で2015年の売り上げまで一気に戻ってしまったんです。右肩上がりに伸び続けていた市場だけに、予想していなかった事態でした。
強制的にロックダウンに突入したことで、「お家時間を楽しむ」「セルフケアを大切にしたい」と考える人たちが増えました。それにより、軒並み売り上げが落ちたビューティーというカテゴリーの中でも、2020年においてもシェアを伸ばしたのはヘアケア、ボディケア、キャンドル、ネイルケアなどの、家に居ながらにしてスパのようにセルフケアができる商材でした。
この非常事態を受け、自社として商品リリースやマーケティング戦略の変更など、どうピボットしましたか?
各社ともにこの事態を受けて、2020年はビューティーにおける新商品リリースのパーセンテージが低い年になりました。新商品のリリース自体はできる状態なのですが、お客様の心理的に今新しいものが欲しいのか?ということを考え、メーキャップの大型新商品のリリースは発売時期を後ろ倒しにする判断を当社はしました。それでも、マスクが欠かせない世の中でもアイメイクはいけるだろうと見込んで、アイシャドウは継続しました。
お店が閉まっている状況だと、お客様は新商品を使うより、すでに自分が知っている既存の商品を使う傾向にあります。私たちメーカー側も、今ある商品でお客様を育成しようと考えました。既に市場に出ている商品でも「マスクに色移りしにくい」など、“お客様の欲しい”というニーズを情報として追加しました。
面白いと思ったのが、女性の在宅率とメイキャップの売り上げが比例している点です。月別で見ると、在宅が増えた月はメーキャップ売り上げが下がるということが数字として見えてきたんです。予想できない状況に、私たちも今まで以上に数字を見るようになりましたね。
コロナ禍において、何が売れて、何が売れなくなったんでしょう?
前述したように、アメリカ市場においてヘアケア、ボディケア、アイケア、ネイルケアなどは前年比を越す結果となりました。また、ソーシャルディスタンシングが取りやすいハイキングやピクニックなどのアウトドア需要が増したので、サンケアは他のカテゴリーと比較すると好調でした。逆に、ブレッド&バターと言われるリップやファンデーションなどの一番売り上げを取れる商材がマイナスになりました。特にリップはマスクをしないといけない生活なので、お客様の心理が理解できます。
2020年という年で顕著だったのがスキンケア、メーキャップ問わず、ブランドが発信するDNAや理念がしっかりとしているブランドが軒並み勝ち組となっていることです。ステイホームにより、お客様もいろいろと調べる時間が増えたこともあるのでしょう。今までは「この商品が私にどんな利益を与えてくれるのか」を中心に商品を選んでいたのが、それに加えてコロナ禍においては「この会社は社会にどう貢献しているのか」という会社としての社会的な立ち位置を見るお客様がすごく増えたと思います。Black Lives Matterなどの社会現象もあり、アジア人所有、ラティーノ所有、女性所有のブランド、サステナビリティなど、さまざまな視点から商品を選ぶお客様が増えたのが顕著です。化粧品の購買動機が商品の良さは当たり前、アメリカ市場はそこに加えて社会動向が紐づいているのが明白です。今はSNSの普及によってお客様との距離が近くなった分、社会問題に関して、会社がどういった立場に立っているかもきちんと表明しなくてはいけなくなりました。
ニューノーマルな時代において生まれた新たなトレンドは何ですか?
ビューティー全般においてオンラインでのマーケティングが確実に増えています。対面での接客ができないので、新しいコミュニティの作り方としてLIVEストリーミングやオンラインでのポップアップ、インスタライブなどが主流になりました。バーチャルシュミレーターも店頭で実際試せないからこそ出てきたわかりやすいサービスだと思います。LIVEストリーミングを通じて使い心地を伝えて、それによって購入につなげるという手法が強くなりました。オンラインでの施策が戦略として非常に重要になりましたね。
個人的には店頭で色を試したいのですが、オンラインの勢いはポストコロナでも変わらないのでしょうか?
私も店頭で色を試して購入するという環境で育ったので、理解できます。今後も店頭には力を入れていきますが、オンラインは今後も重要な手法になってくると思います。お客様が店頭に足を運ばなくてもオンラインで同じ満足度を得られるようなサービスを提供することはメーカー側のチャレンジだと思います。これを機にARビューティーアプリのサービスやインスタグラムに投稿する用の写真を撮影してくれる会社など、新たなビジネスも生まれています。
化粧品を店頭でつけた時の喜びがありますが、今後はオンラインでどこまで満足のいくサービスを提供できるかを追求していかなくてはいけません。パンデミックによってお客様の需要や消費行動も変わってしまったので、メーカー側も変わらざるを得ないですね。
メーキャップに対して消費者の心理はどう変化したと思いますか?
今まで人のためにメイクをしていたのが、セルフケアの一環で、自分のスイッチをオンにするためにメイクをする人が増えたと思います。今までアメリカでは、いわゆる発色の良いリップスティックが売れていたのですが、グロスの売り上げが伸びているのを見ると、コンフォートゾーンのメイキャップに変わってきたのかなと感じます。
また、昨年のホリデーシーズン付近から、今まであまり売れていなかったピンクやパープル、ブルーといった色味のアイシャドウが売れ始めました。長期化しているステイホームのストレスからか、そろそろメイクをしたい欲もあるのでしょう。メイクで冒険したい、という人がマスクをしていても楽しめるアイメイクで冒険をしたいという気持ちが売り上げに反映されていると感じました。本当に、メーキャップはその時の景気や社会現象を表すものだなと実感した一年でした。
ポストコロナ(マスクをしなくていい、など)において消費動向はどう変化すると思いますか?
とあるデータにおいて、半数以上のお客様が新しい化粧品を買うことにポジティブという数字が出ています。それでもパンデミックの期間が長かった(今での場所によっては続いています)ので、いきなり売り上げが急激に伸びるとは思っていませんが、ワクチンが普及して、在宅が減り、徐々に戻っていくと思います。ビューティー商材に対して前向きになっていただいただけでありがたい。まずはハイライターやコンシーラーから伸びていくのかなとも予想しています。すでに一部の報道では、ニューヨークで一年前と比べ、リップスティックの売り上げが80%上昇しているそうなので、今後もパンデミック前のようにメーキャップを買う人が増えていくと思います。
メーカー側としても、いつスポーツ観戦が可能になるか、シアターが開くか、旅が解禁になるかによってメーキャップの動向も変わってくるので、いつもニュースをチェックしている状況です。ニューヨークは7月1日から経済が再開されると発表されたので、明るい兆しは見えてきていますが、常に社会情勢にドキドキしています。今年のホリデーシーズンぐらいには元どおりになって欲しいなと思っています。今後は今までよりも、選択と集中、市場を見極める目が必要になってきます。新商品をどんどんリリースするのではなく、強みを分かった上での戦略を組んでいきたいと思います。パンデミックによって、お客様のニーズが変わってしまったので、お客様と対話をしながら何が正解かを見つけていかなくてはいけません。
日本とアメリカでのポストコロナ美容トレンドに違いがあると思いますか?
トレンド自体にそこまで差はないとしても、アメリカが最先端だとしたら日本は少し遅れてそのトレンドがくる傾向にあります。新型コロナウイルスは、人類史上まれにみる、全世界が経験したことのない被害を同時期に受けました。それでも、全世界的に見て、中国だけが売上を急激に伸ばしています。中国はデジタル化を取り入れるスピードがものすごく早く、提供する側も流れに乗るのが早かった。ビューティーのLIVEストリーミングサービスは、全部中国から始まっています。結果が数字として明らかに分かるので、全世界のビューティー関係者が中国を参考にしています。インフルエンサーマーケティングも引き続き重要ですが、飽和状態にもなってきているので、軸を持っているインフルエンサーが生き残っていくというのが、新型コロナウイルスによって加速したと感じています。企業側もどういったインフルエンサーを起用すると効果が得られるのかを見極める目を持っていなくてはいけません。ポストコロナでいろいろなことが変わる局面に来ているのでしょう。